激流に遡る(著作集Ⅱ)

 飯塚 毅 著
(目次)

第1章 格差の類型
 「TKC会報」発刊によせて
 格差の類型(1)
 格差の類型(2)
 格差の類型(3)
 税理士業の二律背反性
 巡回監査の発想
 職員は利己心の道具に非ず
 会員の大増強を叫ぶ、必然の論理は何か
 黒澤清先生の最高顧問就任の意義と系譜
 自ら自分の手で迷いを取り去ること
 日本人的発想の類型性
 演説の極意について
 会計人と宗教(1)
 会計人と宗教(2)
 会計人と宗教(3)
 なぜ事務所が発展しないか(1)
 なぜ事務所が発展しないか(2)
 血縁的大集団の実現、大型厚生施設の開設宣言
 盟友との心の握手
 会計人による助言領域の拡大
 五十歩百歩論の反省
 税理士会殿、惰眠から醒めて下さい
 税理士の危機、2点の銘記事項
 本質の徹見をこそ
 TKC議員連盟の誕生について
 富士通による全面的支援体制の確立
 日本オリベッティ社による支援体制の完成

第2章 税理士の危機の構造とその脱出策について
 税理士法改正問題と税理士の進路
 税理士の危機の構造とその突破策
 会費大幅値下げ断行の論理
 学問における根底的なるもの
 税法に準拠する記帳義務履行の援助
 「税経新報」の無礼なる非難を反駁する
 TKCは他のセンターとどこが違うのか(1)
 TKCは他のセンターとどこが違うのか(2)
 TKCは他のセンターとどこが違うのか(3)
 税理士の危機の構造とその脱出策について

第3章 租税正義は誰が守るのか  5人組制度の結成と強化について
 三菱銀行と会計人との業務提携について
 自己過信と自信喪失について
 租税正義は誰が守るのか
 他力本願と付加価値税法
 TKCと共産主義者
 松隈秀雄先生、TKC全国会顧問就任の意義
 職業会計人とエゴ
 TKC会計人の基礎条件
 記帳義務と税務援助と

第4章 職業会計人の独立性について
 TKCの現状と将来の展望
 無心ということ
 株式会社TKC金融共済事業団(仮称)の設立について
 小規模個人企業の大量受託と税理士の命運
 「ものが見えないのです」というお話
 昭和52年の展望と会員の課題
 現状肯定の論理とエゴの問題
 職業会計人の独立性について
 TKC会計人『行動基準書』の策定について
 先見力と『行動基準書』
 再び、職業会計人の独立性について

第5章 発展格差の原因は、信不信の間にあり
 発展格差の原因は、信不信の間にあり
 現行税理士法の露骨な欠陥は何か
 世にエゴの観念よりも強い敵はない
 大蔵官僚の大ヒット、納税者の総背番号制度
 なぜTKC会計人は日本を制する、といえるのか
 西独連邦大蔵省での講演と税法学辞典のことなど
 「正規の簿記、帳簿の証拠性」について

第6章 誤解、この薫習からの脱却を
 先生!本質思考能力を
 青申会・法人会の育成は憲法破壊に通ずる
 会計帳簿は誰でもつけられるとの論断の誤謬について
 誤解、この薫習からの脱却を
 TKCは、なぜ政治活動をするのか
 なぜ、日本の職業会計人は、思想的理論武装を必要とするのか
 全国民が正しい納税をすべき制度はできているのか
 ドン・キホーテの論理
 正規の簿記・帳簿の証拠性についての国民的誤解の源-シュマーレンバッハの罪-

第7章 人間の生きざまについて
 80年代初頭に立つ予見と展望
 過ちては即ち改むるに憚ること勿れ
 暴風圏と大使の質問
 80年代の職業会計人を貫く論理
 改正税理士法成立の次にくるべきもの
 法制にもっと公正さを与えよ
 田中敬大蔵次官の就任の弁を尊ぶ
 人間の生きざまについて-なぜ発展しないのか、その原因は何か-
 再び人間の生きざまについて

第8章 激流に遡る
 消え行く会計事務所と生き残る事務所と
 商法改正の過程にみる裸の王様
 激流にさかのぼる
 発展事務所と没落事務所
 三たび、職業会計人の独立性について
 事務所発展の秘訣
 ベトナムのボートピープル族の増大とTKC会計人
 飯塚事件の真相は何だったのか
 一即一切・一切即一と職業会計人
 飯塚事件の本質と系譜


(はじめに)

 これは「TKC会報」の巻頭論文の、昭和47年から約10年間分を集大成したものです。文章が拙いので、さぞ読みづらいことだろうと存じますが、これは、栃木県の宇都宮市という一地方都市で生まれたTKCという名の計算センターが、従来、世界一と称されていた西ドイツのダーテフ(DATEV)センターを乗り越えて、遂に世界のトップに躍り出たまでの事跡を示すものだといえましょう。現在、アメリカのIBMという巨大会社の社長秘書兼取締役であるギュンター・ベッチェル氏が昭和56年3月に10日間ほど日本を訪ね、TKCの施設とソフトウェアとを徹底的に検討し、西ドイツのダーテフと比較した結果、ダーテフの最高幹部4名とTKCの最高幹部3名の面前で、「気の毒だと思うが、ダーテフのソフトウェアはTKCから3年以上の遅れをとってしまった。恐らく、今後、ダーテフはTKCに追いつけないのではないかと思う」と断定を下したのでした。それは、帝国ホテル一階のロビーのランデヴーという場所で、昭和56年3月18日夜に下された断定でした。ベッチェル氏は当時、ドイツIBMの取締役であり、その最大ユーザーであったダーテフの情況は熟知していたのです。
 これをお読みに下さることによって、TKCがなぜかくも発展を遂げたのかの、原理的なものを汲み取って頂けるものと、信じます。TKCはその誕生のときから、自社の利益追求を一切問題とせず、「他の利益を実現することが、自社の利益なのだ」との理念。それは最澄伝教大師が1200年ほど前に、仏教の「自利利他」の概念を「自利とは利他をいう」と解釈されたことに基因しますが、この解釈に内包された世界観に徹してやってきた結果に過ぎません。日本の法制には、有限会社や株式会社であっても、私利を求めず、公益を追求するものは非課税会社とするとの、西ドイツの法制(1958 BstBL Ⅲ S.462参照)のようなものは有りませんので、日本人の多くは株式会社だから、本音は、私的利益の追求にあるに違いない、と思いがちですが、人生の一回性をしみじみと自覚した立場からは、人生がもったいなくて、私利追求のためのみに、この人生を浪費してたまるか、との決意が私の五体を貫いているのです。ここに私の生きざまがあるわけでして、おそまつなものですが「一隅を照らす」との些かな自負もあったな、といま感じているところです。

(昭和57年6月19日 湘南の偶居にて)

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