そんな中で大いに活躍したのは、近江の国(滋賀県)出身の「近江商人」と呼ばれる人たちでした。近江商人は、京都・大坂・江戸の三大都市に進出して金融業や醸造業などを展開。その代表的人物である中井源左衛門(1716~1805)は、何と独自の「複式簿記」を考案し、本店・支店間の収支決算などに活用していたのです。て、両者の数字を毎日きっちり合わせていたといいます。いわば商売繁盛のための貴重な経営ノウハウであり、他の商人に真似されては困るため、門外不出の秘伝とされていました。で加わったのですから、これはまさに「鬼に金棒」ですね。もあったルカ・パチオリ(1445~1517)が複式簿記の始祖とされています。日本同様、当時のヨーロッパでも複式簿記は秘伝中の秘伝でしたが、パチオリは複式簿記の仕組みを『スムマ』という数学の本の中で詳細に解説しました。パチオリの本によって複式簿記の考え方はヨーロッパ全土に広がり、各国の商業経済の発展に大きく貢献しました。このことについては本書第Ⅰ部第1章(44~48頁)で詳しく紹介していますので、ご参照ください。この簿記方式は「中井家帳合法」と呼ばれ、貸借対照表と損益計算書の機能を持ってい近江商人ならではのずば抜けたバイタリティーと商才に、複式簿記という「会計力」まただ、残念なことに複式簿記を世界で初めて集大成したのは源左衛門ではありません。01315世紀のルネサンス期に栄えたイタリアの商業都市・ヴェネツィアの修道僧で、数学者で
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